小浜島のお盆 第2話

どうもこんにちは。ヒロサ~です。

小浜島のお盆について書いています。今回はその2ですので前回の続きです。
1回目を見ないとわけがわからないと思いますので是非下のページから
1回目をご覧になった後でまたお戻りください。

小浜島のお盆
重要無形民俗文化財に指定されている小浜島のお盆に参加してきたことを記しています。

今回で完結しています。お盆は「まさかの展開」を迎えます。
乞うご期待!

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さて、
今日は、旧暦7月15日にあたりウクリのソーラと呼ばれ
あの世からお迎えした先祖の霊を再びあの世へお送りする日だ。

お盆の4日間の3日目にあたる。

昨日と同じくニムチャーニンズがそれぞれの家を周っていく。

そして、23半頃の金の合図で各家々でご先祖様をお送りする。
そのため、23時頃には一旦解散になる。


やっと家に帰れるわけだがまだまだ終わったわけではない。
ご先祖様を無事にあの世に送り出した後は、
ドゥハンダニンガイ(健康願い)が現世に生きる方々に向けて始まる。

これが始まるのがなんと解散した2時間後の朝1時からだ。

つまり、前日は朝の3時まで踊り続け、すぐに送りだす準備をして
23時までまた踊り、そして1時から明け方までまた踊り、歌うのだ。

すごい。

健康願いを不眠で行い身体壊したらどうするのかな。

等と思わざるを得ないが、「寝た方が健康」などという
常識など、今は捨て去るべきなのだ。まさに野暮とも言うべき考えなのかもしれない。


伝統文化はデジタルやテクノロジーの前で無力と化し、静かに僕らの目の前から
姿を消している。

これは良い悪いの話しではないただの現実だ。

しかし、小浜島は違う。

小浜のお盆は日本の重要無形民俗文化財にも指定された。

伝統の重みは時にはそこに暮らす人々の負担にもなるのだが
なぜ小浜島の文化は文化破壊の現実をかわし続けることが出来ているのだろうか。



23時で一旦解散になり、この後の1時から行われる健康願いに参加できるか
正直不安になる。

起きてられるかな

少し疲れた僕の顔を見て友人が言う。


「そりゃそうなるって!一回帰りなよ。そしたらさ、また朝の6時頃集落来なよ。
今度は絶対に見ものだぜ。楽しいことが待ってるよ」

「楽しいこと」

朝の5時半には集落に再び赴く。

1時からずっと?ウソだろ・・・・・
僕が着いた時にはまだ踊っていた。

島の方々の顔。

目は赤く染めあがり、顔色は披露の色、黒ずみを帯びているように見える。

目じりの下がりにあわせて口角は下がり、披露で顔の筋力を維持することが
難しくなっているのがわかる。


しかし筋力とは別の力が働き、彼らを前へ前へ進めていた。

踊り続ける。

そのことを皆で共有し集団として俗人から切り離された触れてはいけない
塊になっているように感じた。


僕は残念ながらスヤスヤ寝てしまった俗人側に分類されている。
俗人意識は贖罪意識を産み、集団をさらに神聖なものに感じた。


頭に巻いた白いタオルは赤いタオルに変わっていた。
白いタオルは祖先の供養、赤いタオルは現代を生きる方々への健康祈願で
変わるのだと言う。

しばらく、動かなかった塊が動き出し、道路へと向かう。

クバ扇を手にしながら、おいでおいでと両手で何かを招くように塊は踊るように
進んで行く。

長い1本道。


僕は後ろから、招かれるように付いていく。

しばらく進むと、目の前の塊以外の音が遠の方から聞こえてくるのが
わかる。

音の交じり合いが大きくなり、とうとう目の前の美しい旋律は
遠くからの音に浸食されるように不協和音に変わってしまった。


耳と同時に目を音が鳴る方へ向ける。


「・・・・北部落の集団だ・・・・・」

数日間お互いの存在など初めからなかったように混じることの無かった
北村と南村の集団が同じ視界に入った。

そして・・・・とうとうぶつかった。



これから何が起こるのか。

心臓は鼓動を打つが太鼓の音に邪魔されよくわからない。

ご老人達がぶつかった集団のそばに立つ。見張るように。

立ちながら演奏をしていた人々は、
お互いの集団が混ざる所で立膝をついた。

笛を吹いている女装した男達は立ちながら演奏を続けるが
衣装も異質なので存在そのものが際立つ。

クバ扇を持ち、手招きをするように踊っていた塊は
今度は演奏をする人々を囲むような動きを見せる。

秩序が保たれていないように見えた。
しかし、無秩序の中、踊りの輪が出来た瞬間


それは始まった。

それまでの何倍、いや、何十倍ともいえる音と熱気で
南、北と交互にそれぞれの歌を奏でる。

反時計回りに踊る人々は、その音と熱気に力をもらったのか、
それとも、負けないようになのかわからないが、一層大きな掛け声を
出しながら踊る。

どのような顔で演奏しているのか。

覗き込んだ僕は、「あっ」と言った。

いつもの友人の顔ではなくなっていた。

先ほどまで顔を支えきれず窪みを作りながら下がっていた目じりは
まるで、餌を追い求めるきつねのようにピンと伸び
生命を取り戻したかのようにピンク色に顔色が高揚している。
そして、口からでる歌は怒りを含んでいるかのようなエネルギーだ。



怖いほどに。

これは、何かの戦いなのか。

三線は「癒し」の音色という特色を一切なくし
その音はまさに武器となり
太鼓のリズムが心拍数と合わさると
どこまでも飛んで行けそうだ。

ぐるぐる踊りながら回る人々、それぞれ個人が視界に現れては消え、現れては消えを繰り返すうちに
「個」を失くし、まるで土星のような一つの輪っかになったように見える。


演奏や歌、踊りには温度が本当にあるのではないだろうかと思える。
益々の熱を帯びた北村と南村の集団は、さらなる迫力を出すことで
お互いの迫力に飲みこまれないようにしているのだ。

・・・・・ふと、なぜ小浜の伝統文化が昔からそこまで
変わらず現代まで繋がり継続されてきたのか、ちょっとわかったような感じがした。


月があって太陽がある。
男がいて女がいる。
晴れがあって雨が降る。
夜があり朝がある。

そう。世の中の物には陰と陽がある。

陰と陽は明らかに区別が出来る。
しかし、どちらかが間違いでどちらかが正解という優劣
は全くない。
お互いが微妙、絶妙なバランスの中、共存しているのだ。

小浜島の集落を、北と南に分担することで区別し、
お互いに競い合い、争い合い、比較し、しかし
何かあったら結びつくという関係を作ることにより
小浜島そのものの繋がりを強靭化しているのに成功しているのだと思った。


小浜島のご先祖様達は
対峙は争いも生むが、発展にも繋がることを
知っていたのだろう。

怒号のように、熱を帯びた音は徐々に徐々に
怒りが収まるかのように平静を取り戻していく。

そして、演奏者が立ち上がり、北部落と南部落の
「共演」いや「競演」は終わりを迎えた。

そして、北部落南部落の部落会長と公民館長が祖先への感謝
現代を生きるご高齢の方への健康祈願、そして盆行事を
眠らずに行った皆への感謝を小浜島の方言で述べて、解散となった。

伝統、文化が続くことは、島の安定した繁栄が続くということだ。

ご先祖様がついているから大丈夫なのだ。

そしてそれを受け継ぐ若者がいるから大丈夫なのだ。

ふと気がつくと、鳥の鳴き声が聞こえている。

限りなく澄んだ一日がはじまろうとしていた。

足に何かがあたる。
誰かが持っていたクバ扇の破片だ。

少し見つめたあと、それを拾い、右のポケットにこっそりしまった。



完 

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